「心身一如」 より役に立つ催眠療法の工夫


今までのプラス思考や成功哲学は一方的な意識の側の思いこみで潜在意識に働きかける手法であって、例えて言えばこれは友人に相手の思いや都合は無視してこちらの思いでのみ一方的に働きかけるのと同様のやり方です。

催眠療法も同様で未だに意識の側の欲求や思いを叶えるために潜在意識や身体を一方的に思い通りにコントロールしようとするやり方が一般的です。

一生懸命こちらの思いを告げればその情熱にうたれた友人は快くあなたに協力してくれるでしょう。でもそのように一方的な関係は長くは続きません。

友人関係も私たち自身の身体との関係も同じように、短期に一時的な勢いで動くことはできても長い目で見ると結局は行き詰まってしまいます。

潜在意識や身体の声に耳を貸してよく相談しながら、仲良くしながら歩んでいくことが必要です。このことによってより良い心身一如の状態が育っていきます。

そういえば人間と地球との関係もかなり行き詰まって危うくなってきていますが、、



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# by osaonoda | 2009-07-14 23:37 | 心身一如 | Trackback | Comments(0)

催眠スモールセミナーを4月26日開催します!

本来身体はとても素直で健気でさえあります。

私たちの思い通りに働いてもくれます。

また私たちがそれと思わなくともこの身を、生命体を治癒したりよりよく維持発展しようと頑張ってくれてもいます。

でもそんな素直な身体が思うように動いてくれなくなる場合がよくあります。
例えば勉強をしなければと思っているのになかなか取り組むことができなかったり、せっかく決めたやりたいことを成し遂げることができなかったり、また時に人前に立ったときなど身体が緊張硬直して、自分の思うようには働いてくれなくなります。

そしてうつ状態では身体は全く思い通りに動いてくれなくなってしまいます。

素直な身体のはずなのにこうなってしまうのはなぜでしょうか?

それはまず第一に葛藤があるからです。
いくら素直な身体でも相反するものがある場合にはどちらの思いについて良いかわからず、身動きでなくなってしまうのは当然です。
心と身体が一体とならなければ良い動きができるわけがありません。

私たちの思いや感情が分裂して葛藤を起こす場合もあれば、生命体自身の動きと私たちの意志が矛盾して葛藤を起こす場合もあります。

私たちは潜在意識や身体と仲良くして信頼関係の中で一体となってやっていく方法を見いだす必要があるのです。

催眠スモールセミナーでは私たちの意識と潜在意識や身体とが信頼関係をより強く持って一体((心身一如))となって目標や成熟に向かって進んでいけるようになることを工夫していきます。


催眠スモールセミナーご案内→カウンセリング・催眠療法 横浜心身健康センター(日時・開催場所等)

# by osaonoda | 2009-02-06 22:38 | 催眠について | Trackback | Comments(0)

催眠療法について 催眠療法の理想と現実3 治療者

様々な世界のトップにいる、大衆の期待や憧れやらを一身に背負ったカリスマ的リーダーやヒーロー、ヒロインがその重圧に耐えかねながらも等身大の自分に戻る事もできず、そのギャップに苦しみ、最後には悲劇的な結末を迎えるという話があります。

この話と同様の話しなのですが、全ての催眠療法家も始まりには純粋に人の役に立ちたいとの思いが、その気持ちの強弱は別にしても必ずあったからこそ催眠療法を始めたに違いありません。にもかかわらず一部の治療者はクライエントの期待をカリスマとなって過大に引き受けた為に自分を偽り、役者のように治療者を演じたりと、ずっと自分の引き上げを続けねばならなくなって最終的にはそれに耐えきれなくなります。

奇跡的な治癒があることを約束しながら、そうならなかった場合は、その責任をクライエントの努力不足のせいにしてしまうようになったり、また時には霊感商法と疑われかねないようなお金儲けだけのところに行き着いてしまう催眠療法家もいるようです。

このような問題は催眠療法界に限らず、心理療法界全体においても注意が必要です。カウンセラーやサイコセラピストに対する需要と期待の高まりに、心理療法にたずさわる人も飛躍的に増え続けています。けれども心理療法は本当に難しい仕事であって十年以上の長い訓練期間をへてようやく一人前になれるような大変難しい仕事なのです。

例えばロジャーズの流れをくむ「カウンセリング」では、自己一致とか純粋性とかいう、自分自身のありのままが感じているところをわかっていて、正直な態度でクライアントに接する(自分の気持ちをただクライエントにぶつけるのではありません)基本的な態度を訓練されるわけですが、このありのままの態度が面接場面でもてるようになるだけでも相当の難しさなのです。(この態度は本音と建て前を使い分ける日本的風土ではよけいに育ちにくいような気もするのですが)

カウンセリングは心理学の理論やマニュアル化されたその技法を頭で学んでだだけではほとんど役立たないばかりか、今度はクライアントに心理学からの知的な枠組みを教え込むこととなってしまい、クライアントはますます自分のからだとの繋がりから遠のいて行く危険だってあるのです。

マニュアルの枠組みからクライエントを見て接することは先に述べたカリスマを演じる治療者と同様に、自分の本心とズレたところで、自分を偽ってクライエントに接することになる危険があって、心を扱う心理臨床の大切な基本であったはずの共感や心のふれあいも言葉の上だけになりかねません。



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# by osaonoda | 2008-10-07 22:12 | 催眠療法について | Trackback | Comments(0)

催眠療法について 催眠療法の理想と現実2 クライアント

ところで私たちは自分に対する無力感からでしょうか、現実でかなえられない夢を託して常にヒーロー、ヒロインに憧れ、カリスマ的リーダーに支えや導きを求めます。

できれば自分もヒーローやカリスマになりたいし、またそのような人に出会って導かれたり、認められて自分に自信を得たい、と、求めてしまいます。でもこの気持ちを深く掘り下げてみると、困ったときの神頼み的な部分が多分にありそうです。

これと同じように思えるのですが、催眠に興味を持って催眠療法を受けてみようと思うとき催眠に魔術的な治療効果を期待するということは、藁をもすがる思いと共に正面から自分と向き合うことを避けて良くなりたい、楽をして得したいというような思いがどこかにありそうです。

でもこれはやはり、本当にせっぱ詰まった気持ちや、自分自身ではどうしようもない、自分一人では受け止めかねる苦しさから出てきた期待なのです。またこの状況をなんとか克服したいと願った中で、その人が一つ希望の光を見たという事でもあります。

カリスマ的な催眠誘導者や心理療法家に自分を良くしてもらいたい、自分の潜在能力や可能性を開発してもらいたいと思うのは、やはり自分の力ではどうしようもないとの無力感から、自分への諦めと他への期待なのです。本当はだれでも、できれば自分で治したいし自分で可能性を伸ばしたいのです。

この願いは大切で、ここから始まる治癒への旅や、自分探しの物語は、ぜひ最後には、今までの情けない自分と同様の無力感や自己否定感の上塗りで終わるなどという、ひどい話でなく、本当の意味での癒しや安らぎや自己信頼を得る、という道でなくてはなりません。




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# by osaonoda | 2008-10-04 17:12 | 催眠療法について | Trackback | Comments(0)

催眠療法について 催眠療法の理想と現実1 ギャップ

催眠について一般に広がっているイメージは今だに昔ながらの神秘的・魔術的なものといえるでしょう。

多くの人が催眠を、オカルトや超能力の分野に近いイメージで受けとめているように思われます。テレビで催眠について放映される時にショー的なものはその傾向がより強調されます。また「催眠を科学的に解明します」と言って放映される場合でも、催眠状態にある人のその不思議な行動はテレビにとって欠かせない場面でしょう。

テレビの影響力は強力ですが、視聴者をしらけさせないようにと催眠状態の典型的な部分を切り取って見せます。またそこに登場する催眠誘導者は被験者や聴講している人の注意を引きつけ、その気にさせ皆を魅了せねばならないために、カリスマ的指導者に似た態度で行動します。そのうえ一風変わった催眠誘導の暗示言葉を使うために、催眠の特殊で怪しげなイメージは、ますます増大されていくのです。

この点は一般向けの催眠関連の著作物においても似たようなもので、典型的な事例を並べて魔術的、奇跡的効果を強調したものが数多く出回っています。

他方、学術的な催眠に関する著作では理論構成を重視するために、それを読んでいると読者の側も意識的思考の働きばかりが強くなってきたり、良さそうな方法だがとてもめんどうな技法に思えてきます。

このような偏りのあるところから、例えば催眠の本を手にした読者(というのは私でもありましたが)は、はじめから苦しい立場に立たされるのです。
催眠の本を読んでみて「これは良さそうだ、是非、潜在能力開発に挑戦しよう!」とその催眠の本に書いてある自己暗示法や自律訓練法などを試すわけですが、誰もがいつも典型的な体験を出来るわけではないので、ほとんどその通りになれずに、がっかりしてしまいます。

また学術研究的な催眠に関する書物を読んで自己コントロール法やイメージトレーニングを試すと、その細かく書かれてある技法、理論に合わせることが目標となってしまって意識的努力ばかりが働き、実際のリラクゼーションや暗示の方はいっこうに深まりません。

どちらも行き着くところは失望感と無力感で、能力開発をして自信をつけるつもりがその逆に「これができない自分はよっぽどダメなんだ」などと自己否定感を強くさえしてしまうのです。

このような事になってしまうのは私のような疑い深い理屈屋の陥りがちなことかも知れませんが、似たような感じで、催眠術の本は「本棚の肥やし」となっている場合がほとんどではないでしょうか。

これは催眠と似たような感じで潜在意識をコントロールして自分の願いを叶えようとする手法である例えば「プラス思考」や「成功哲学」などをマスターしようとするときにも起こる問題です。このような手法に興味を持った人の中で、いったいどれくらいの割合の人がそれををうまく活用できているのか?成功した人はそのような本を書いてそれが売れた人だけではないのか、などと穿った見方をしてしまいます。




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# by osaonoda | 2008-10-02 16:01 | 催眠療法について | Trackback | Comments(0)

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