催眠療法には援助的人間関係のスキルがない

心理療法には援助的人間関係のスキルが必須である。

より本格的な心理療法となれば、クライアントとカウンセラーの関係は密接なものにならざるをえない。そこでは、治療的にほどよい(協力)関係がずっと続くだけではすまなくなる場合が多々ある。クライアントとカウンセラーの協力関係がスムーズでなくなった時、それに対処できるようになるための専門的なスキルを身につけねばならないのである。(神田橋條治先生は逆に、相性が良い症例では常にズレを発掘するように務めるのが良いなどというが、それくらいに複雑かつ重要なものなのである)

そもそもクライアントの問題の背景には人間関係の問題が必ずあるのだからそれに精通していなければならないのは心理療法家として当然のことである。

ところが催眠療法は、心理療法のひとつとして「療法」と名付けられているにもかかわらず援助的人間関係の詳しいスキルはない。「ラポール」という催眠療法の始祖といわれる精神科医メスメルが使い始めた古くからある言葉が今でも用いられている位で、無いに等しいレベルなのである。これでは近代人の心性の多くに合致し得ない。

メスメルは、18世紀の後半にフランスで、動物磁気説を唱えて催眠療法をはじめ、集団療法では怪しげな装置まで用いたが、それらに感応したクライエントとの間に生じた関係を表現したのが、ラポールという言葉なのである。催眠療法以外の心理療法でも、クライアントと治療者の信頼関係を、ラポールという言葉で表している場合もあるが、メスメルが使った意味はどうみても近代的な相互の信頼関係ではない。メスメルの唱える説を素直に信じた人との一方通行の関係なのである。プラシーボ効果の出る人のように、ただただ素直に信じてくれる関係をラポールと言ったわけである。

メスメルからおよそ100年後の19世紀後半になって、心理臨床学の創始者であるフロイトの先輩精神科医ともいえるヨゼフ・ブロイエル(ブロイヤー)が催眠療法を用いて治療したクライアント、アンナ・Oの症例はあまりにも有名である。けれどもブロイエルの時代にも、援助的人間関係のスキルは稚拙であった。そのためブロイエルの子供を想像妊娠までしてしまったアンナ・Oをブロイエルは受け止めかねて、治療を中断してしまったのである。

その後に、催眠療法を手放したフロイトがようやく、転移逆転移という概念で(援助的)人間関係の重要性を取り上げたのである。フロイトはクライアントが治療者に向けてくる転移を分析する事自体が神経症が治癒に至る道であると言ったのである。フロイトの治療者がクライアントを分析的して解釈を与えるという上から目線の手法は現代にマッチしなくなっているが、その転移逆転移という概念は今では心理臨床界では当たり前に使われるくらいに浸透している。

けれども現在でも一般にある催眠療法界ではそれが未だにメスメルレベルと、ひどく立ち遅れているのである。催眠療法で援助的人間関係のスキルがなおざなりにされてきたのは「催眠療法を受けたらすごく良くなった」という、ただただ素直に信じて良くなる治癒例があるからである。危ないことに、そのような少数の典型例をバックに催眠療法を公言している催眠療法士もいる。

そして未だに、ブロイエルのようにクライアントを抱えきれなくなって見放ししまい、クライアントが深く傷ついてしまう事例が見受けられる。これはなにも催眠療法だけに限らず他の心理療法でも起こっている。しかし今まで鑑みてきたように援助的人間関係のスキルが確立していない催眠療法では特にその危険性が一段と高いのである。

催眠療法を学ぶ際にはそれと並行して援助的人間関係のスキルも必ず会得していかねばならない。それが現代の心理臨床界で、立ち遅れた位置にある催眠療法が今後に発展していける道である。またなによりも、催眠療法に期待して来談するクライアントにほんとうに役立つためにそれが必須なのである。

参考文献:伊藤良子『心理療法論』 神田橋條治『精神療法面接のコツ



 応援していただけるようでしたらワンクリックお願いします。

# by osaonoda | 2012-03-23 21:45 | 催眠療法について | Trackback | Comments(0)

催眠療法にはよって立つ理念や哲学がない

心理療法の先駆者であるフロイトやユングは両者共に催眠療法に関わりながらも、それを捨てて自らの心理学と心理技法を打ち立てるに至った。それは催眠療法自体に限界を感じたからであるのは万人の知るところである。しかし私が思うに、もう一つの理由として催眠療法自体に、よって立つ理念や哲学がなかったので、そこに寄る辺なさを感じて催眠療法を後にしたのではないだろうか。

例えばそのユングが創設したユング分析心理学では、潜在意識に自我を超えたセルフ(自己)を想定して、そこにより高度に成長しようする実現傾向があるという。また、ロジャーズのカウンセリングでは、人間には有機(生命)体としての自己実現する力が自然に備わっているとして、それを信じてクライアントに接していこうとする。フロイトの精神分析のように治療者がリードして解釈を与えるという、上から目線的な手法に異論を唱えてロジャーズが始めたカウンセリングは、より民主的にクライアント自身の自主性を尊重しようとする理念を持っているのである。

その他のさまざまな心理療法にもそれぞれに、よって立つ理念や哲学がある。ところが催眠はテクニックだけである。催眠誘導者が催眠被験者をその気にさせて、忘我の状態に導くためのテクニックしかないのだ。もちろんその催眠を心理療法として用いる場合にも理念や哲学はないのである。

催眠療法は被験者をリードするという操作的な要素があるので、カウンセリングのような非操作的な心理技法とは相容れないところはある。でも、催眠療法自体に理念や哲学がないので応用がきいて、様々な他の心理療法と結びついて用いられてきた。そして催眠療法自体に理念や哲学がないぶん、それを用いる際には催眠療法と併用する心理技法の方の理念や哲学や、または治療者独自の考え方などがその催眠療法のあり方に反映するのである。

理念や哲学がない催眠療法は危険でもある。例えば(ロジャーズの提唱したカウンセリング以外の、カウンセリングと称されているものや未熟なカウンセリング技法は論外であるが)ロジャーズのカウンセリングの技法を会得していくには、その技法と絡んでいる理念や哲学も学ぶわけで、そこを無視してカウンセリングを用いることはできない。だからカウンセリングを学べば人間性も育つのでその点で問題はない。

ところが、催眠療法の場合は基本的な理念や哲学がないので、それを会得しようとする人物が、よこしまな考えを持っていたり心理療法家としての人間性に問題があっても、そのテクニックを会得できる。それだから、心の専門家としてはどうかしら、といぶかるような人物でも「私は催眠療法家です」と恥ずかしげもなく公言できてしまうのである。



 応援していただけるようでしたらワンクリックお願いします。

# by osaonoda | 2012-03-08 01:16 | 催眠療法について | Trackback | Comments(0)

催眠療法、自律訓練法、フォーカシング

ただ催眠状態に入っただけでとても気持ちよかったスッキリした、と言う人がかなりいる。催眠状態を体験するだけでも治療効果があるといえる。催眠誘導者のリードに任せて、自分を解放しやすくなるので、気分も爽快になるというわけである。

他人にやってもらうのでなくて自分で自分を良い感じにリラックスさせる方法としては、自己暗示法や自律訓練法がある。しかし自分で自分をリラックスに導くのは至難の業である。自己暗示や自律訓練法は自我意識を保ち、そこから自分の心身をリラックスに持って行こうとする心の操作作業である。ところがリラックスするにはその自我意識自体が薄まっていかなくてはならないのだから矛盾しているのである。

他者催眠はと自己催眠や自律訓練法の違いはマッサージを人にやってもらうのと自分で自分にするのでは気持ちよさが雲泥の差があるのと同じことである。

良い感じ(リラックス状態など)になるには自己暗示や自律訓練法よりもフォーカシングの方が容易である。フォーカシングは自分の内面や身体を自我意識でコントロールしようとはしない。自分の内面を適度な距離感をもって、見守り受け止めていくところから心がホッと楽になってくる。リラックスさせようとしない方が逆説的にリラックスできるわけである。

これはなぜかというと、フォーカシングの自分を見守ろうとしているあり方が「自分をリラックスさせよう、コントロールしよう」と頑張るあり方より自我意識の働きが弱いからである。 またフォーカシングの「見守る」という受身的なあり方がより自分の心身と繋がりやすいが、反対に自律訓練法のやり方は自分の心身に対して対立しやすいのである。その側面からからもフォーカシングの方に軍配が上がる。

詳しくは述べないが心理治技法としてはフォーカシングの方がより洗練されているし効果的でもある。けれどもフォーカシングにしても自分で自分に行う分だけやはり自我意識は働いてしまうので、全てを委ねて我を忘れられる他者催眠までに自己解放は深くならないのである。



 応援していただけるようでしたらワンクリックお願いします。

# by osaonoda | 2012-02-25 11:06 | 心身一如 | Trackback | Comments(0)

電子本「あがり症克服のコツ」

このブログの「あがり症」に関するコラムや私の営む心理療法室(横浜心身健康センター)のホームページであがり症について今まで述べてきたものを下地に、新たに電子本『あがり症克服の』として書き下ろしみました。

あがり症や対人恐怖症で悩んでいる方との個別の心理療法から見えてきた、あがり症の本質を基本にしたノウハウ本です。読めば人前に出るための心構えがシッカリとできあがります。また、あがり症克服するにはどこを突破口にすればよいかなどもよくわかってきます。

電子本『あがり症克服のコツ』 横浜心身健康センター 野田長生


# by osaonoda | 2011-11-20 15:20 | あがり症 | Trackback | Comments(0)

あがり症克服のための催眠療法 その8 個別の心理面接の事例

当相談室に来談された楽器の演奏を教えているある女性は、極度のあがり症のがあって人前で演奏をすることが恐怖となっていました。緊張のあまり途中で演奏が止まってしまうのでは、との強い予期不安に襲われるのです。でも自分が教えている生徒達の演奏発表会では自分も演奏せねばなりません。そしてその何年ぶりかの発表会が近づいてきてしまい切羽詰まって来談されました。

発表会が差し迫っていたために心理面接は2回しか行えませんでしたが、その短い面接回数の中で彼女は自分自身と向き合われて自己探求をされ、幾つかの気づきがありました。彼女は、その楽器がただ好きという以上に、彼女が自分らしく生きていくうえでその楽器との触れ合いがとても重要な意味があったことを見出したのです。そして催眠を用いたイメージトレーニングの中で、彼女にとってその楽器がただの楽器以上に大切なものであることや、その楽器と触れ合い、一体になって演奏・音楽しているイメージを暗示しながら、架空の演奏トレーニングを行ったのでした。

彼女から発表会の後に連絡をいただいたのですが、実は発表会では時間が押し迫ったために彼女の演奏は実際にはカットされて、先へのお預けとなったのでした。それで正直ホッともしたようです。でも、当日彼女は自分の演奏する恐怖や逃げの気持ちより、立ち向かおうとする勇気が強くなっていました。そして何よりも素敵だったのは発表会の前日に自宅で演奏練習をしていた時に、「心からこの楽器が好きだ」と思えて涙が止まらなくなり、発表会でもこの思いを持って演奏できそうに思えたということです。

彼女は「発表会のリハーサル時に生徒さん達の前で一度演奏をしたので、その点では少し前へ進めたかなと感じています」といってましたが、私には少しどころか何歩も前進したように見えました。また、それよりもなによりも、その楽器が心から好きで、それと触れ合って音楽できることを確認したことがとても幸せなことなのです。彼女は今回、切羽詰まって苦しむ中からそれを手に入れたのです。

たぶん彼女は(私の憶測ではありますが)今後、人前で演奏するからどうのこうの、、などということを超えた時点で、その楽器を彼女が演奏する時には、何時でもどこでも大切なひと時を過ごせることでしょう。

この方のように「あがる、あがらないに、こだわる必要がなくなる」といえるような境地に入っていくこと。これがなにより一番のあがり症克服のコツなのです。



 応援していただけるようでしたらワンクリックお願いします。

# by osaonoda | 2011-11-03 19:04 | あがり症 | Trackback | Comments(0)

あがり症克服のための催眠療法 その7 個別の心理面接の実際

すでに述べてきたことですが、『あがり症克服』のための解決方法を、大別すれば①心理分析で心の葛藤を解決することを目的とする方法と②心と身体が一体になれるようにする方法のどちらかに当てはまります。

今回「あがり症克服のための催眠療法 その6」までに、個別の心理面接で行っている、あがり症の心理分析的な治療技法の側面を詳しく検討してきました。そしてその中で、あがり症の治療に限らず心理療法全般において、本当に良くなっていくには催眠療法だけでは充分とはいえず、カウンセリングなどのような洞察や気づきを促進するような心理技法を必ず併用する必要があるといいました。

横浜心身健康センター心理療法室で私が、あがり症の克服のために個別の心理面接を行う際には、主にカウンセリングとフォーカシングと催眠療法を用いています。いつでもこの通りとは限りませんが、実際にはまずカウンセリングやフォーカシングで心理分析的に心の葛藤を解決する工夫をします。そして催眠療法ではとにかく心身一如(心と身体が一体)になれるようにするトレーニングを行ったりしていくのです。

そのトレーニング方法には幾つかのやり方がありますが、あがり症克服のために催眠療法が一番役立つのは、催眠状態の特徴である、我を忘れて感情移入できる体験を利用する手法です。私のリードでそのクライアントのできる最大限の催眠状態に導きます。するとそこまで集中して入り込めた体験だけでも、人前においても自分のやるべき事により強く集中できるコツが掴めたりするのです。

もちろんただ催眠に深く入ってもらえばよいのではなくて、催眠に入っている本人自身がその感情移入状態を自分で扱えるようになるために工夫された導きや暗示が私の催眠リードの仕方に含まれてはいます。

上記のような催眠療法がなぜ有効であるかを一般的な観点から説明してみましょう。

私たちは大人になる課程で、理性でよく考え自分自身をコントロールしていくことが良い結果を生むと教えられてきましたが、そのことによって「常に意識で自分をリードしていくものである」と思いこみ過ぎてしまっています。

それで「我を忘れて無心に遊び楽しむ」ことが出来なくなってしまっているだけでなく、そのようなあり方を否定してしまっている場合さえあります。これでは自分の潜在意識とケンカ状態にあるといえるわけですから、潜在能力が発揮できるわけがないのです。

この理性の「枠」や「上手くコントロールしたい」と願う自我意識の働きなどをいったん置いて、創造性の基本となる「我を忘れて無心に遊び楽しむ」ことを取り戻せるのにとても有効なのが私の提唱したい催眠療法なのです。



 応援していただけるようでしたらワンクリックお願いします。

# by osaonoda | 2011-08-21 21:57 | あがり症 | Trackback | Comments(0)

あがり症克服のための催眠療法 その6 心理治療者とクライアントのズレ

前の章で「自分に向き合う」というような内省的な心理技法は通常の催眠療法だけではなかなか困難であると述べました。考えてみると内省というものはクライアントでなくても誰もがそれを行っているはずです。でもそれは一人で行うと堂々巡りに至ったりして、なかなかうまくはいかないものですよね。

クライアントは症状が苦しくて心理療法に助けを求めます。あがり症の場合はあがらないようになること。つまりあがっている部分を催眠でなくしてもらうことを期待しています。なかには催眠療法で過去の嫌なことやその記憶を消すことができませんか。と催眠療法に魔術的な効果を期待する方もいるのです。

催眠療法に期待する人は特にその傾向が強いのかもしれませんが、心理療法を受けに来談するにあたって、自分の「あり方(性格)」を変えねばならないと意識しているクライアントは非常に希なのです。

けれども先にも述べたように現代の心理療法は、そのほとんどがクライアント自身の、症状を受け止めかねているまさにその辺りの「あり方・考え方」を変えようと狙っているのです。心理療法が一時的でなくて本当に成功するには、例えば「あがってしまう自分を嫌ったり責めたりしていたクライアントが、あがってしまっている自分を愛おしく感じるようになる」というような価値観の逆転が必要だからです。

その意味で心理療法家はクライアントと出会う前にはクライアントの思いと逆のことを考えているといえるでしょう。カウンセラーとクライアントがはじめて出会うときにはこの点で大きなズレがあるのです。

ズバッと「それはあなたの考えの方がおかしいんですよ。症状というのは身体からのメッセージであって、それがあなたに今までのあり方から変わってほしいと訴えているのです。もっと自分を変えていきましょう」とカウンセラーはクライアントに言う方が正直かもしれませんね。

でも、このように初めからズバッと言われてそれを受け止めて変えていけるのは、かなり力のある人でしょう。問題が大変になればなるほどアドバイスされたくらいで、そう簡単には変われないのです。そこに登場するカウンセリングの共感的理解という手法はカウンセラーの側から、クライアントとのズレたこの溝を何とか縮めようとするものであるともいえるでしょう。

穿った見方をすれば「あなたが自身が変わりなさい」とクライアントに率直にいうと反発をくらうので、クライアントの身になって共に歩むことでクライアント自身が変わって行くことを待つという遠回しな手法ともいえそうですね。

でもより深い意味で、カウンセラーの共感的理解や見守り寄り添う、同行二人のような態度はとても大切なものなのです。そのような見守り寄り添う力のあるカウンセラーに支えられた場で、クライアントはホッと安らいでエネルギーを蓄えられたり、伸び伸び自由に振る舞って新しいやり方を試したりしながら力を養い成長していけるのです。



 応援していただけるようでしたらワンクリックお願いします。

# by osaonoda | 2011-08-20 01:01 | あがり症 | Trackback | Comments(0)

< 前のページ 次のページ >