催眠について一般に広がっているイメージは今だに昔ながらの神秘的・魔術的なものといえるでしょう。
多くの人が催眠を、オカルトや超能力の分野に近いイメージで受けとめているように思われます。テレビで催眠について放映される時にショー的なものはその傾向がより強調されます。また「催眠を科学的に解明します」と言って放映される場合でも、催眠状態にある人のその不思議な行動はテレビにとって欠かせない場面でしょう。
テレビの影響力は強力ですが、視聴者をしらけさせないようにと催眠状態の典型的な部分を切り取って見せます。またそこに登場する催眠誘導者は被験者や聴講している人の注意を引きつけ、その気にさせ皆を魅了せねばならないために、カリスマ的指導者に似た態度で行動します。そのうえ一風変わった催眠誘導の暗示言葉を使うために、催眠の特殊で怪しげなイメージは、ますます増大されていくのです。
この点は一般向けの催眠関連の著作物においても似たようなもので、典型的な事例を並べて魔術的、奇跡的効果を強調したものが数多く出回っています。
他方、学術的な催眠に関する著作では理論構成を重視するために、それを読んでいると読者の側も意識的思考の働きばかりが強くなってきたり、良さそうな方法だがとてもめんどうな技法に思えてきます。
このような偏りのあるところから、例えば催眠の本を手にした読者(というのは私でもありましたが)は、はじめから苦しい立場に立たされるのです。
催眠の本を読んでみて「これは良さそうだ、是非、潜在能力開発に挑戦しよう!」とその催眠の本に書いてある自己暗示法や自律訓練法などを試すわけですが、誰もがいつも典型的な体験を出来るわけではないので、ほとんどその通りになれずに、がっかりしてしまいます。
また学術研究的な催眠に関する書物を読んで自己コントロール法やイメージトレーニングを試すと、その細かく書かれてある技法、理論に合わせることが目標となってしまって意識的努力ばかりが働き、実際のリラクゼーションや暗示の方はいっこうに深まりません。
どちらも行き着くところは失望感と無力感で、能力開発をして自信をつけるつもりがその逆に「これができない自分はよっぽどダメなんだ」などと自己否定感を強くさえしてしまうのです。
このような事になってしまうのは私のような疑い深い理屈屋の陥りがちなことかも知れませんが、似たような感じで、催眠術の本は「本棚の肥やし」となっている場合がほとんどではないでしょうか。
これは催眠と似たような感じで潜在意識をコントロールして自分の願いを叶えようとする手法である例えば「プラス思考」や「成功哲学」などをマスターしようとするときにも起こる問題です。このような手法に興味を持った人の中で、いったいどれくらいの割合の人がそれををうまく活用できているのか?成功した人はそのような本を書いてそれが売れた人だけではないのか、などと穿った見方をしてしまいます。

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